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2011年10月13日 (木)

流れがおきている

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石の教会・・・・中は撮影できませんでしたが。

小冊子に 共感できることが沢山 書いてあった。


その人自身が 「教会」である。と。


どこに行っても、いつでも
その人自身なのだ



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歩いて歩いて、

入り口に
熊に注意の看板を
ワイワイ言いながら我ら6人とちゃん。


「ねぇ これ、熊の足跡じゃなぁい?」

・・・本当に、熊っぽい足跡を見つけながらも
何だかテンション高く、進む我ら。



・・・「立ち入り禁止」も入ってみたら・・・
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辿りついたところは、

「千ヶ滝」



勢いある滝の下で、
マイナスイオンたっぷり浴び、
そして、
自然の全ての流れの中に身を置かせていただきながら



自然の中で生かされている人間を感じます。


帰りの道で


お香の様な香りが漂って来たときには
心の中で、いっぱい感謝しました。



・・・・
帰りに寄った食事処で

「最近、熊が出たばっかりなんですよーー」


やっぱり





今朝、ふと「流れ」という言葉を思い出していた。
スタジオをオープンした当時

20代前半、私は 体がボロボロになったことがある。
それは、勿論、心も関係ない訳ではなかったのだが。


体を酷使し過ぎて、全身が炎症を起こしながらも仕事をしたかった。
しなければならなかった。
そして、
生死を分ける貧血。


医者へいった段階までの数ヶ月
医者へ行って

「よく生きていましたねーー」



本当に、人間の体は生きようとしていることに気が付いた。
元気になろうと、本当に反応してくれている。

そしてその時

「流れ」が大事!



そう伝え始めていた私が居たことを

思い出していた。

髪が半分くらいに抜け、ゴソッと白くなった時は、
髪も、血でできているんだなーーとか

輸血した瞬間、体が熱くなり、
こんなに動くことが、軽いことなんだと感じたとき。
血液って凄い!と体感した。



その頃は 「血液」とか「滞らない流れ」でした感じていなかったことが

あれから20年以上も 自身と多くの方と向き合って
多くを体験し、多くを学んで来たとき


全ての「流れ」に焦点が当たった。


流れているのだ。





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